地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、高松の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

メニュー

高松の地域情報サイト「まいぷれ」高松市

編集部が行ってみた!

屋島で感じた維新の風

屋島に残る砲台跡を調査せよ

夏が去り、腹肥ゆる源九郎です。
まい  「なんやそれ」
源九郎 「お腹いっぱい食べてないのにな~」
てなことでダイエットも兼ねて屋島を歩いてみたい。
まい  「あたしはダイエットいらんわ」
屋島といっても以前紹介した屋嶋城でも四国村でもない。
まい  「おっさん!どこ連れていく気や」
源九郎 「今回も君がついてきたんやが」
屋島には幕末に建造された砲台の跡がある事をご存じだろうか。
長崎ノ鼻という屋島の先端にそれはある。
水族館のある山頂に登るコースでは無く、やしま第一健康ランドの横を通り、麓を周るルートから分岐した屋島の先端だ。

屋島山麓を周る道路
屋島山麓を周る道路
分岐から長崎ノ鼻へと続く山道
分岐から長崎ノ鼻へと続く山道
まい  「イノシシ注意!てあちこち立っているな」
源九郎 「過去にタヌキとは遭遇したけどイノシシは見んなあ」
まい  「砲台て何なん?」
源九郎 「大砲を備える場所なんやろうな」
まい  「何でそんなんがあるん?」
源九郎 「それを確かめに行くんや!」
茂みの間からみた長崎ノ鼻砲台跡
茂みの間からみた長崎ノ鼻砲台跡
源九郎 「おっ、あれやな」
まい  「なんかぞうさんみたいやな」
源九郎 「ようわからんわ」

長崎ノ鼻砲台(跡)上段到着

到着した長崎ノ鼻砲台の跡は展望の良い公園の雰囲気だ
到着した長崎ノ鼻砲台の跡は展望の良い公園の雰囲気だ
まい  「屋島ってこっちから見たら尖って見えるな」
源九郎 「高松港もみえるぞ」
砲台上段から中段・下段へと続く階段
砲台上段から中段・下段へと続く階段
源九郎 「ここから階段で降りるんやな」
まい  「男木島と女木島がみえるわ」
源九郎 「転ばんように足元もよく見てな!」
展望台より富田茶臼山古墳を望む
展望台より富田茶臼山古墳を望む

長崎ノ鼻砲台 中段

階段を下りると波打ち際にほど近い円形のスペースがあり、周囲は石垣で覆われている。
ここに立つ案内板によると、1853年浦賀にペリー提督率いる黒船来航より警戒感を強めた幕府はお台場を築き、各藩においても命じ海岸防備の気運が高まる。
高松藩は藤川三渓という人物が造ったらしく、階段の上(上段)には屯所が、案内板のある中段、岬の先端(下段)に大砲が備えられていた。

まい  「黒船にびっくりしたんやな!ところで藤川さんて誰なん?」

砲台の中段には長崎の鼻砲台の案内板がある
砲台の中段には長崎の鼻砲台の案内板がある

幕末勤王の志士と左近さん

辞典などをひも解いてみると、この人物は三谷出身の医者であり、九州の長崎に出向き、高島秋帆より『高島流砲術』を学んだ人物である。
また尊王思想を持った人物で、藩内外の勤王志士とも交流を深めた。
ちなみに、幕府に命じられ江戸に砲台(お台場)を築いた江川英流も同じく高島秋帆の門下生だ。
三渓は海防の他にも農兵重要性を解き、『龍虎隊』を組織し自らが隊長に就いた。

源九郎 「へ~高松にも大村益次郎みたいな人がおったんやな」
まい  「でも尊王思想て・・」
源九郎 「うん、倒幕の思想につながる政治スローガンやな」
まい  「高松藩て幕府とは身内みたいなもんなんやろ?大丈夫なん」
源九郎 「それがまた当時の高松藩主のお兄さんが興味深い人物なんや」
すこし話がそれてしまうが、以前に香川県立ミュージアムで「150年遠忌 松平左近~高松藩を救った英才」という展示が開催されていた。
松平左近は実名を頼該(よりかね)といい、8代藩主松平頼儀の長子であったが事情により廃嫡され、隠居した人物だ。
古地図で確認すると、現在の亀阜小学校が松平左近邸(亀阜荘)であった事を確認できる。

「高松城下町屋敷割図」/香川県立図書館所蔵 
「高松城下町屋敷割図」/香川県立図書館所蔵 
松平左近邸の亀阜荘は現在の亀阜小学校にあった。
古地図の下、鳥居の描かれた参道の先(左)に石瀬尾八幡宮が見える。
先の展示では松平左近の描いた絵画が展示されており、自画像の他に石瀬尾八幡宮での祭礼の様子を描いた作品も鑑賞した。
また法華経の行者として自ら法華曼荼羅を著したり説法にも歩いていたらしい。
民衆からは親しみをこめて「左近さん」と呼ばれていたそうだ。
「左近さん」は幼少より国史を学び、若い頃より尊王思想をもっていた。
異母兄弟である藩主とは思想が異なる訳だがとても良好関係であったというから驚きだ。

源九郎 「この人は、外から難を逃れてきた勤王の志士まで庇護したそうやで」
まい  「あの頃は主導権がめまぐるしく入れ替わってたんやろ?」
源九郎 「尊王派いうて天皇の権威が絶対という人と、佐幕派言うて幕府を支持する人で大きく二分してたんや」
まい  「さぬきうどん派か中華そば派か?みたいなもんやな」
源九郎 「そう単純な話でもないんやな」
まい  「うどんの出汁に中華麺を放り込んで食べる人がでてきたりな」
源九郎 「そんな話はしとらんが!」

この後、戊申戦争(1868年)で幕府側についた高松藩は朝敵となり官軍に攻められることとなった。
徹底抗戦と恭順(降伏)と別れた藩の意見を、松平左近の英断で官軍に恭順の意を示す。
こうして高松は戦火から救われたのだ。
    



砲台の先端となる岬
砲台の先端となる岬

長崎ノ鼻砲台の石垣

修復途中なのか、崩落してしまったのか石垣用と思しき石材が転がっている。

砲台の東の海岸
砲台の東の海岸

長崎ノ鼻砲台 下段の礎石

源九郎 「この奥が先端やな」
まい  「象さんの目や!」
源九郎 「意味わからんわ」
源九郎 「この先端に大砲の礎石みたいなんがあるな」
まい  「ここに載せてたんやな」
源九郎 「うん、固定してたんやろうな」
まい  「で、大砲はどこいったん?」
源九郎 「寺の鐘を鋳つぶして造ったみたいやからな」
まい  「返してあげたんかな」
源九郎 「どうやろな? ところで昼はわら家でも寄って帰ろか」
まい  「今日の気分は開国派や!」
【行き方】
・高松中央ICより(一般道を通行し)車で約20分程度

この記事が気に入ったら いいね!しよう
まいぷれ高松の最新記事をお届けします

PICK UP 高松のお店 ~遊び・トラベル~

  • ホームランドーム高松店

    ホームランドーム高松店

    高松市木太町1127

    [ スポーツアミューズメント ]
    3世代で楽しめる! 全天候型スポーツアミューズメント